誕生日を迎えて思ったこと



本当は15日に書こうと思ったけど、、あまり時間がなくて今日になってしまった。

それにしても寝すぎたw

昨日は近くにできた新しい居酒屋でいつものお疲れ様会。

もつ焼き屋さんということもあって、もつ煮とか焼きとんがとても美味しかった。店内も落ち着く雰囲気だったからまたリピートしようと思う。

そういえば昨日は仕事の休憩時間につけ麺やさんに行ったんだけど、そこで財布を忘れたw

左上に財布が写ってるのにwww



ということで、誕生日明け早々に財布をなくしてめちゃくちゃ悲壮感に溢れた日曜日を迎えるところだった。

でも見つかったのは本当に運がいい。

今まで財布をなくして戻らなかったことはないんだけど、なくす回数は結構な頻度だった。

僕の元から離れるくせに戻ってくるという。。だったら最初から離れなきゃいいのにとw

フォロワーさんには日頃の行いが良いと言われてちょっと嬉しかったんだけど、確かに誰かのものを拾ったときも毎回届けていたことを思い出す。

最近は忘れることも拾うこともなかっただけにびっくりしたけど、、これからもちょっとした善意は持って生きよう。

あと、つけ麺屋さんの店員にも本当に感謝。

ちょっと柄悪い雰囲気の場所だったらすぐになくなっていたと思う。

今年もあと1ヶ月か。

自分はいつも年末近くに誕生日を迎えるんだけど、来年の目標と被ってくるので今回からは一緒にしようと思っている。

『おまえに来年の目標なんてあるのか?!』

いや、、まぁあんまりないかな。

目標なんて仰々しいことは遂行できない前提なので、たてるだけ無駄だと思っているんだけど、それでも何か一つくらいは漠然としたものを掲げたい。

それは

今できることを嘆かずにやっていく。

だけです。

6月から働き始めて、思ったことは少し傲慢と言うかわがままというか、嘆きが過ぎた。

何をしてても文句というか愚痴が多かった気がする。

まぁそれまでのことでストレスがあったというのはあるんだろうけど。

特に間借り詐欺はちょうど1年前の誕生日がオープンだっただけに複雑だった。

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でもあれから1年。

もう過ぎたことをいつまでも引きずって嘆くのはいい加減見苦しいなと思った。

来年というか、誕生日を迎えた日から考えを改めようと思って、これからはもう少し前向きに冷静に生きることを決意した。

まぁそりゃ生きてれば誰でもいろんなことがあるし、不安なんて意識してないだけで常に隣り合わせのような気もする。

考えても無駄だ。

先のことなんて誰にもわかりゃしない。

でも31年目を迎えていろんなことに気がつくことができた。

失敗も挫折も多かったけど、何がいちばん大切なことなのかといえばそれは

動くこと

だと思う。

動いていればもちろん失敗も気づきも相応にふえていくし、辛い思いも死にたくなるときもある。

でもその積み重ねこそが蓄積されたオリジナルの叡智となっていくんじゃなかろうか。

それこそが自分の生きていく道標にわずかな光を灯す財産なのかもしれない。

人間っていうのはとてもアナログなもんで、、実体験というのは誰かから継承なんてできないから自分で経験するしかない。

だから、そのとき思ったことや感じたことはどんどんやっていこうと思うよ。

その先がどんな結果であれ。

あと反対にダメだなぁと思う時間の過ごし方もわかった。



ブログでもちょいちょい登場する兄だ。

なぜ彼がひきこもってそのすべての責任を人に投げてくるかということ。

それは長らく『誰かに頼ること』で生きてきたツケが回ってきたのだと思っている。

ただ間違えないでほしいのは辛いから誰かに頼るということではない。

自分でできるのにあえてそれを人に指図してやらせる、ということだ。

辛いから頼るというのは何か行動した結果うけた辛さだから、その時点で誰かに頼ることは悪いことではないし、むしろ弱っているときはどんどん頼ったほうが良いんだけど。

 

彼はあるとき海外旅行にいって、日程通りに戻ってこなかったことがあった。

そのとき大学生だった彼は単位を落とすから代わりに試験を受けにいけと僕に言ってきた。

彼はあるとき賃貸を借りて、インフラ開栓の立ち会いを僕に頼んできた。

僕が大学生の頃、居酒屋で15時間働いた後にもかかわらず。

あきらかにおかしい話だろう。

だけど、これらをやらなければまぁひどいことになるわけで…

上記のことはほんの一部だけど、僕はこういった環境の中で22歳まで過ごした。

学業よりも誰かの用事をこなすことが生活の一部だった。

まぁパシリですねw

しかし、結果的にそれがどんなことをもたらしたなのかといえば、逆転だ。

家族の用事を僕がすべて負ったせいで、家族の人は何か問題が起きたとき自分たちで何かを調べて行動するということが極端にできなくなっていった。

使い勝手の良い犬はいつか人間よりも知恵がついて、最終的には手を噛まれるどころか犬に知識を求めてくるようになる。

つまり、犬と人間が時間を経て入れ替わったとも言える逆転劇だ。

そりゃあ誰もがやりたくない面倒なことなんて僕だってやりたくはないけど、タバコのお使い以外はやった分だけ確実に知識や思考力がついた。

でも今は、求められても僕はもう何もしない。

それはとうの昔に清算したものだから。

きっと一生分人の言うことを聞いただろうと思う。

【鳴かぬなら鳴くまで待とう時鳥】



家康の名句ではあるけど、本当にそうなんだなと思う。

最初に勢いがある人より、最初はなにも秀でるものがなさそうなパッとしない人は実はそうでもないということだ。

そういう人に限ってじっくり機を伺っているということはよくある。

僕は用事をこなしてるときや移動中にいつもそんなことを考えていた。

なんつー辛気臭い話なんだろうかwww

で、結局何がいいたいかと言うと、

動かない人は自滅していく可能性が高い。

それは社会でも一緒で、他人にとってはくだらないと嘲笑されたとしても、それに熱意を燃やしている本人はなんがしかの者になるということ。

そして自身を動かさず誰かを非難したり見下したりしている傍観者は、そのツケがいつかきっと回ってくるだろう。

ただそのとき気づいてももう遅いのかもしれないけど。

だから動く。

動いて考える。

馬鹿でもいいから。

そんな変態な感性を大事にしがらこれからも生きていこうと思います。

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