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こんにちは。
ず~っと雨が続いてますが、、先日1ヶ月契約のバイトを早めに切り上げることに。その際にやりとりした会話をひとつだけ…これは詐欺ですw
【番外】どんな辞め方であれ働いた分は払わなきゃ違法







こんな感じで話は進んでいったわけだけど、こういう適当なことを平気でいう人は初めてで、↑全然冗談に聞こえないし、まずもって退職する会話の最中に冗談で言うことではないw
まぁどんな辞め方って言っても相手先に著しく損害をあたえるような行為があった場合は、給与とは別に損害費用を請求される可能性はありますが、純粋な給与から勝手な天引きは違法です。
今回のケースは『あわよくば払わないつもりだった』可能性がある。
会話途中で「自分の都合で辞めるんですから、今週分は仕方ありませんね」なんて言おうもんならおそらく本当に支払いをバックレていたかもしれない。
そんなこんなでとりあえず形式上はきちんと退職出来たから良かった。
それにしても週5日働くとなかなかブログを書けない。。土日で書こうにも予定が立て込んでて無理ゲーだった。本当は雨続きの日は家でゆっくり書いていれば平和なんだけど、、とにかく5日ってのはダメなんだなー。
【本題】二世帯のうちひとつが欠けるとそこは空き家に…
昨日小田原の友達の家で宅飲みがあって、酩酊しすぎたせいか今日の帰りの電車は意識が朦朧としてたんだけど、そんな中ぼんやり実家のことを考えていた。
二世帯の実家が都内にあって、、L字型に二つの家が並んでいる。片方は両親、もう片方は祖母が住んでいるんだけど、祖母はもうかなり高齢だから不謹慎にせよなくなった場合を想定する。
年々核家族化が進んで、祖父母世帯と住んでいる人ってのは今はかなり少ないはず。試しにググったらこんな分かりやすいグラフがあったので拝借してみた。
三世代世帯っていうのかな、、やはり少ない。。まぁ正確には僕はもう実家にいないから残るは両親と祖母だけなのだが。
で、この場合、居住者がいなくなれば当然そこは”空き家”ってことになるんだよなーって。
この場合の選択肢としては…
っていうのが発想として浮かぶ。
因みに空き家のままにするという選択肢はない。JR4線と反対には地下鉄も通っていて、近年地価が上がってきているから、大手ゼネコンがこぞってマンションを建て始めているというそんな地域だ。
これは個人も一緒で、アパート経営する人も相当増えてきたように感じる。家賃相場としては駅徒歩7分、1R、築浅でも6.5万くらいだ。そりゃーアパート建てますよね^^;
しかしアパート経営っていうのは前提として、計画的な資産運用と社会的な信用がセットでないとまず始められない。というかもしそれが出来るならこの貧乏ブログ自体やっていないのではないかと思うw
ただお金にものを言わせれば何でも済むというのは少々面白みに欠けるし、今のミニマル時代に沿っていないわけで、、お金がなくてもどうしたら再生・活用・繋がりが出来るか、というのを考えるほうが面白い。
もともと曾祖父母世代から住んでいた家ということもあって、ある程度のリフォームはしているものの築100年以上は経っているこの家屋は、既に古民家レベルが成熟しているといってもいい。
まぁ耐震強度とかを言ってしまうと元も子もないんだけど、当時の建物にしてはかなり頑強に建てられている(太い基礎の柱の数で想像…)
これはゲストハウスとか民泊に活用しない手はない
と、しか思えずに。
書いてて思うんだけどわりとこういう立場の人っているんじゃないかな。実際は末っ子の僕自身に何か権限があるわけではないけど、それを提案・実行することはそんなに難しいことじゃない気がする。
ただ唯一障壁があるとすれば、家族の問題だろう。
僕達の時代ではこういった発想は容易にできるかもしれないけど、親世代にはまずないと言っていい。
物理的には入り口が一つしかないことや内部が繋がっている構造というのはあるにせよそれは少しのお金とツテで解決できることだ。
ただ親にそういった活用という発想があれば、そもそも今頃アパートにしているだろうが、その方向はまったく考えていないのが問題だ。
育ててもらっていうのも何だけど僕としてはお世辞にも両親に高収入があるとは思えないし、少しでも活用できるなら少額からでも出来ることから始めてみようと考える。
それにゲストハウスにするのはそれを収入源にするというより、他に本来人間が持つべき”交流”という価値がある。
人が集まるコミュニティというのはただそれだけで情報交換の場として役立つし、今後オリンピック(あんまり乗っかりたくはないが)の開催も考えるとバックパッカーやゲスハユーザーはかなりの割合で増えるだろう。
それに僕自身がDIYが好きだし、家をいろいろといじって曲がりなりにも使いやすい宿泊施設にするというのは面白そうだ。
まぁあとはプラスαの考え方かもしれないけど、今後飲食店をやっていく上で自分の作ったものに対してのデモンストレーターになってくれたり、美味しいと思えば口コミなどに繋がるかもしれないとか…
そこには自由人や無職や旅人、ノマドワーカーやブロガーといった多種多様な人間が人種関係なく集まると思うとすごく面白そうだ。
確かに今より多くの人が入ってきて泊まるというのは、多少の問題が起こるのは分かるけど、、これだけ価値のあることを面倒の一言で一刀両断するのは惜しいことだと思う。
周りにあるリソースはなんでも活用してみるという思考
まぁこれはあくまで帰りの電車の中で考えた妄想段階に過ぎないけど、本当に少しでも何かに目を当てるとわりと面白い発想が生まれてくるんだなぁと。
しかし、先にも述べたように僕達の周りには先代がいて、それらの価値観が共存してるからいろいろな不都合がおきる。
でも僕の持論でいわせてもらうと、ただ何もしないで文句ばかり述べる現状維持というのは一番悪なのではないかと。。
というかそれは物質が飽和しきった現代では危険な考えだったりする。現在あるリソースの中から何ができるかっていう思考の癖はいつも持っていたいものだなぁと。
もちろんぼーっとしたり無駄と思われる余暇を過ごす中からも生まれる何かがたくさんある。
ただ何かをやってみたいというものに対して一つの価値観を押し付けて反故にするような体質ではイノベーションなんてものは起こらない気がする。これからもこういった妄想は続けていこう。
そして、もし周りにもこういった境遇の方がいましたら、勇気を出して相談するのも大ありだと思います。
今回のケースはちょっと特殊かもしれませんが、、それでも理解ある人も中にはいるはずなので、大事なのはその意志をどこまで持続させれるかってことかもしれません。
お読み頂きありがとうございます。