なんでこんなに働きたくないんだろうを本気で考えてみた



こんにちは。

ダメダメな人生を送るtancobです。

今日はぼーっとしてたら何となくタイトルのネタが浮かんで、じゃあ考えてるだけじゃなく書き起こしてみようと思いました。※あくまで私見ですが…

いや、もちろん誰しも労働をせずに済むならそうしたいって考えてると思うけど、嫌だなぁとか疲れたなぁとか思いながらもできるってこと。

僕は仕事においても人に対しても『真っ向から拒絶』というスタイルはとったことがない。

だから僕も前者の『嫌だけどやる』という行為が当たり前にできるはずなんじゃないかって。

人の中には誰しも絶対にやりたくないってことの一つや二つはある。けどもこの中で仕事というカテゴリーだけは除外されるべきものだと思う。単純に仕事を人生から切り離せば生きていくことが難しいからだ。

僕は今、絶対にやりたくないこと≒雇用されることになりつつある。因みに僕は仕事自体ではなく、会社に縛られるといった一連の流れが好きではない。この原因を探るべく殴り書きしてみたい思う。


対人関係の問題

職場においてもっとも当たり前なのが組織行動を基本スタンスとしているということ。

もちろん営業などは単独で動くことも多いけど、それでも会社という組織内に属している一人には変わりない。そして客先であれ社内であれ人とのコミュニケーションは必至だ。

しかし会社でのストレッサー(ストレスの原因)の多くはこの対人関係から来ていると断言してもいい。というのも仕事内容を単体でみた場合、おそろしく難解なものには今まで出会わなかったからだ。自分の経験だけなので、もしかしたらあるのかもしれないけど。


利害関係が絡むとコミュ障になるのは無言の圧があるから

僕の場合はこれが一番の要因かもしれない。

利害関係のない、例えばふつうの友人やコミュニティーの人と接しているときはすこぶる快調なんだけど、会社のように利害が絡むと関係が悪化する。

相手の立ち位置を考えて会話すると途端に自信をなくして、しどろもどろになってしまう。そうなると意思の疎通が煩わしくなるのか、次第に嫌悪感を抱かれるという始末だ。

ただ、これは訓練慣れでどうにかなると思っている。言葉に出す前にしっかりと頭の中で内容を吟味すれば良い。

問題は人の話を聞かない人がいるということにある。

主に上司と部下の関係でこういったことが起こるんだけど…世の中にはやたらせっかちな人や早とちりする人がいる。

こういう人には、最初から「あんたの無駄な話で私の時間を割かないでね」という圧力がある。話の見出し部分だけ聞いて勝手に解釈したり、タチが悪いとその場で叱責されることもあった。

じゃあどうすれば一番分かりやすく手短かに話せるのだろうかと考えるんだけど、そこに気づいたときはもう手遅れでさきほど書いたような圧を出されるケースがほとんどだ。

これは逆パターンも言えることで、あまりにも端的な物言いにまったく理解できないことがある。しかしこういった場合は、再度聞きに行くと「理解力がない」と言われるのがおちだ。

互いのすれ違いが頻繁に起こるものだから、ものごとは余計に聞きにくくなりさらに情報の孤立が発生するというパターンに陥る。

そして自分のことをベテランと思い込んでる人に限って教え方が下手な場合がある。自分が知っている体で話をバンバン進めるものだから、まるで推理小説を途中から見せられる気分になるのだ。

意思疎通の問題は労働の効率や利益に直結する重大な問題だとは思うのだけど、社内でそういったニッチな部分の改善をする会社は見たことがない。

結果として僕が思うのは、あまりにも余裕がない労働環境がこういった弊害を起こしているということ。どんな立場であれ人の話をゆっくり聴けない人は、本当の意味で相手を知ることはできないと思う。

時間的な問題

これは他の人も書いてるけど、週5.6出勤がデフォなのは異常という考え。

人と同じく義務教育を経て前へ倣えもしていたけど、ブラック企業に行ったおかげでそのタガが外れた。倣う先に未来がないと思ってしまったのだから仕方がないという考えだ。

前回までのお話はこちら!こんばんは!今日はNakamuraEmiさんの音楽を聞きながら書いてるんだけど、これがなかなか切れの良い歌詞を放っていてとても気持ちがいい。もと...

そして本当に毎日毎日朝から晩まで働かなければいけないのか。

これは日本人の慣習的な問題で絶対的に必要な収入を得るための行為ではないと思う。

労働≒使命といったことがあるのとは反対に、労働≒生活する為の一部という考えもある。むしろ後者のほうが人として自然の発想だと思うのだけど、この国ではそれを許さない風潮が未だ多く残っている。


じゃあ時間があったら何が出来るのか

僕の中では時間こそがもっとも大切なものだ。

時間の使い方こそ人それぞれだけど主にこういったことが出来るんじゃないかと思う。

  • ネットを活用して収入を得ること(ブログや在宅ワーク、株取引、FX等)
  • 既存の教育だけでは決められなかった人生の指針を決めること
  • 会社以外の教養や知識を高めて新たな発想を生み出せること
  • 会社に属していない人同士で情報を共有すること
  • ボーっとしたり本を読んだり、何よりストレスフリー

それ以外にも会社をやめると気づくことがたくさんある。社畜生活に疲れ果ててる人はぜひ試してほしいと思う。決断するのは容易じゃないけど、そこにいる限りその生活は続いていく。

まぁ本当はフルタイムで働いていてもこのくらいできる社会が望ましいんだけど、実際問題忙しくてこんなことをやろうとさえ思えないんだよね。

そしてこの中で絶対に叶えられないのはストレスフリーかもしれない。誰にも縛られないという開放感は本来の人間としての営みを思い出させてくれる。

金と時間とストレスはすべて繋がっている

世の中には勤めながらも高給取りと呼ばれる層がいると思うんだけど、たいていの人はそれ相応の負荷を自身にかけている。僕の知り合いでは営業のインセンティブで月100万近く稼いでる人がいたんだけど、その分月の消費も100万だった。

毎月の給与をモノや趣味に費やしていると言っていたけど、貯金しないのかと聞くと「ストレスが溜まるから使わずにいられない」とのこと。とても具合の悪そうな顔をしていたけど今は何をしているんだろうと思う。

別にそれは悪いことじゃないし、物欲で満たされるのであればそれはその人の理想なのかもしれないけど、僕はどうもそういった欲のループが苦手だ。


人生は一度しかないという問題

日々同じ人と顔を合わせて、同じような仕事を続けていくという世界にあまり興味がない。むしろ毎日わずかでも何かが変化していくということを常に求めて生きていきたい。

それは何も技術革新や流行りという変化ではなく、日常的の些細な変化でも気付けるような価値観を大事にしたいということだ。お金で欲を解決するという生き方よりもそのほうがよっぽど自然体でいれる。

仮に自分の人生の大半を会社に捧げたとしても、いつ何が起こるかわかないのが現代社会だ。不景気とかアメリカの経済低迷の煽りがって言われたところで、雇われている以上、解雇されることも受け入れるしかない。

とは書いているものの実際人生でまったく雇用されない期間を設けるのは稀な話だから、やるなら確実にスキルを高められる技術職(IT系)が良いと思う。

スキルの引き出しを多く持つことができれば、何れはその中の知識を駆使してビジネスを起こすこともできる。

僕はwebサイトを作ったり調理師としての引き出しがあるけど、その拡張性はまだ不十分だからそのための労働や勉強はしようと思っている。

30歳を目前に考えていることをお話ししました。

ありがとうございます。

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ABOUTこの記事をかいた人

ありーゔぇでるち

新卒でブラック企業入社を皮切りに転職、倒産、結婚、離婚、開業等々、現在はインドカレー屋やりながらブログ書いたりしてます。相方と月収20万でミニマルな生活を計画中・・・>詳細はコチラ