空白の日常という一日



今日は不意の休み。

台風が来てるから大丈夫とのことで、家でぽっかり休んでます。

基本的に僕は週6で実店舗と通販を回してて思うのだけど、まぁ忙しい。ちょうどニートからの猛暑からの仕事だから肉体が悲鳴を上げている気がする。

だから、こういう時間もあまりなく、好きなブログやこそこそ妄想&ネット界隈を散策することも最近はできていない。

まぁほどなくして、モバイルPCを購入することで店の空き時間を利用して更新しようとは考えてるけど、なかなかお金って貯まるもんではないですねw

勤めててこんなことを言うとバチが当たりそうだけども、僕は心底労働というか同じ日常というのが苦手らしい。

かと言って毎日他のことをできるスキルも金もないw



要は中途半端に生きてきたツケが今なわけで、、ただその中でもまったく無意味なことはなかったように思う。

もともと人より多くの失敗を積み重ねてきて、社会から爪弾きにされた僕が、今はなんとか生活の糧をたいしたストレスを抱えることなく必要最低限を稼ぎ出している。

このこと自体はまぁ結果オーライなのですが、、もとより考えてることはそれと矛盾している。

それは倍々ゲームのようなもので、結局のところ支出を最大限に押さえて最小限の生活をするというのはかなり難しいということだ。

厳密にいえば、物理的な生活はできても、ミニマムな精神を持続することが難しい。

だから世の多くの人はストレスと疲弊を倍にする代わりに給与も倍にするべく頑張っているのだと思う。そういうのについていける人は全然いいのだけど、逆もしかり、苦手な方もたくさんいるしそれは自分も同じだ。

それに実際は、デメリットを倍にしてメリットを倍にできても、デメリットを相殺するためにメリットから相応の対価を拝借しなければならないのが難点だ。

後ろから追われて、前を追いかける。

こういったライフスタイルはなんとも忙しくて好きではない。

また、働く場所が固定されているというのも都内においてはデメリットでしかないように思う。結局は都心近郊に身を置かなければならないのは明白で、その分やはり相応の家賃を払って生活することになる。

特に最近は賃料と給与のバランスがかなり悪く、中途半端な稼ぎで都内に身をおくのはかなり窮屈だ。

とはまぁ言ったものの、、今のところはやっていくしかないというのが答えだ。

もし、本当にしたいライフスタイルがあるのだとすれば、それは食べ物や水が最高にイカしてる田舎でカレーの通販をじゃんじゃん製造して、生活できたら最高。

もちろん、地元の農産畜産を使って季節に沿ったカレーを作りたいし、ゲストハウス兼軽いレストラン・カフェを併設した運営も良い。お客さんは予約制で一日数名とか。。

まぁ理想ですよw

僕が飲食店という形態があまり得意ではないのは、その融通の利かなさやマンネリ化にあると思っている。それは職業上したかないとされてるのかもしれないけど、それを仕方なくさせないくらい進化したいとも思うよ。

だって江戸時代のかけ蕎麦屋さんと今の蕎麦屋は券売機くらいの違いしかないんだぜ?w


融通が利かない

  • 常にオープンとクローズが決まっていて浸透するのに時間がかかるため、ころころ変えられない(特にデジタルデバイドがある顧客対象は特に)
  • 暇な時も台風のときも忙しい時も、そもそもその場に行って運営してなければならない

マンネリ化

  • その日に思いついた料理を商品化するまで、いろいろな準備をしなければならないから、結局は日々出数の多い商品を中心に仕事が回っていってしまう
  • そもそもそれをやるだけの体力が残ってない場合が多い
世の中では美味しい料理を作って人に食べてもらいたい≒飲食店をめざす人が多い(というかそれしか認知されない)のだけど、もうそれだけの形態では正直厳しいのではないかと感じている。

それは運営する側の体力的なものもそうだし、ビジネス的な意味合も含めてだ。

まぁ僕の立場があまりにも非力だからなんとも言えないけど、余りある人であればでっかい箱に多くの人材を投入し、それこそ倍々ゲームになるのかもしれない。実際そういう人がチェーン展開してフランチャイザーになるんだろう。

でもあのシステムはお世辞にも良いものではない。親の利権には絶対に逆らえないし、赤字になった際は子がすべてのケツ持ちをするからだ。

僕の勤めている店の界隈も20年前から継続している店は一つもないし、某牛丼大手のフランチャイズに手を出した脱サラの人が、借金抱えて夜逃げしてしまったというのを目の当たりにしたこともある。

まぁ厳しい商売であるのは間違いないだろう。



あとは地代も大きいな。

一日の損益分岐点が2万でそれ以降から純利になると仮定した場合、一杯800円のラーメンをいくつ売ればいいのだろうか、、とか。コピペとかできたら最高なんだけどなw

そうなるともはや家賃に追われるから出勤せざるを得ないような感覚になってくる。まぁ大別すればそれは勤め人はみんな等しくそうなのだろうけど。

やはり何かに追いかけられない生活というのは一般庶民には無理ゲーなのか。

例えば家賃なし、食費は自家栽培、電気はソーラー発電、水は湧き水、ガスはカセットガス?

こういう生活をしてる人もいるけど、、多分突き詰めて考えるとこれも”なにか”を消耗してしまうかもしれない。もちろんそれはそれでとても充実しそうではあるけど。

 Yahoo!ニュース 
小屋暮らしで“体が悲鳴” 完全な孤独に潜む危険〈AERA〉(AERA dot.) - Yahoo!ニ...
自作の小屋で、低コストな生活を実践する高村友也さん。これまで小屋暮らしをしながら - Yahoo!ニュース(AERA dot.)

 

じゃあ結局行き着く先は、、生きている意味は?

ってなるんだよなwww

まぁ、度胸がないんでしょうな。

『それしかない』なんて言葉にするのは自分で自分の道を塞いでいるようなもんだ。

だから、今はよし、でもここから少しづづ変化していこう、みたいなちょっとした意識は大事だと思うのよね。大胆な飛躍の可能性は0.1%未満でもどっかに置いておきたいし、でも当面は目の前のことかなみたいな。

むしろそれをなくしてしまうと本当に老化していきそうで怖い。

何を書きたいんだ、おれはw

とりあえず頑張っていこう。

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ABOUTこの記事をかいた人

ありーゔぇでるち

新卒でブラック企業入社を皮切りに転職、倒産、結婚、離婚、開業等々、現在はインドカレー屋やりながらブログ書いたりしてます。相方と月収20万でミニマルな生活を計画中・・・>詳細はコチラ