コミュ障はしょぼい以下の起業論で生きていく



まぁあえて名前を出す必要もないけど、最近しょぼい起業というのがTwitter界隈でもバズっているようです。

一応、僕も起業(しょぼい以下)した経験があるという立場から、ざっくばらんに書きなぐってみようと思う。

しょぼい起業は全然しょぼくない

それは一つの方法論なので、まったくもって異論なんてものはないし、それを唱えるだけの経験は自分にはないだろう。

ただ、序章で触れていたことだけに関して率直な感想を言えば、、

全然しょぼくなくね?

ってことです。

しょぼい起業とか経営っていっても、どんな形であれ

起業家であり経営者なわけで。

しかも、これのハードルって事業内容というよりは

の問題なんですよ。

人が120%のウエイトを占めているといっても過言じゃないくらい人に尽きます。



そもそも、考えてみればわかると思うけど、イベントやなんやらを自分で立ち上げて、人が集まってくるこの時点で確実にふつう以上の能力があるだろう。

そこに至れるということは少なくとも、これまで培った人望や人脈・個の性格・プロモーションスキル等々を自然と発揮してるわけですから。

で、優秀で人望のある人の周りにはさらにスキルの高い人が集まってくる。

あらゆるスキルを持ったチームが、この正の連鎖を続けていけば自ずと軌道に乗って、雇われなくても生きていけるというわけです。

不得意なことは分業、問題の原因は細分化してPDCAサイクルを繰り返してるというだけでもうそれは立派に前に進む企業と同じだなと思う。

うん、全然しょぼくないw

というか、こういうので成功してる人はたいていふつうに勤め人してても、相応の地位にいけると思う。

コミュ障のぼっち起業はそれ以前の問題

ちなみに前述したケースをコミュ障の一人がプレイした場合はどうなるだろうか。

まず電源を入れてスタートボタンを押す(起業宣言する)ことも困難だろう。

そもそもスマートに電源入れられる勇気もなければ入れ方もわからないというべきか。

それはコミュ障によって、本来それまでに培うであろう対人関係を構築できなかったから、まず人との折衝が高いハードルとなる。

例えば今までの社会生活において、騙されたり、裏切られたり、嫌われたり、いじめられたり、無視されたり、罵倒されたり、という経験がある人は、そもそも人に対してネガティブなフィルターがかかっているだろう。

昨今の社会生活においては珍しくもないことだが、人間はこういった過去の経験則がトラウマになってる場合、それらを払拭することは容易ではない。

そのなかの一つを挙げると、僕は飲食店の出店に関して、親族に騙されひどく劣悪な環境で働いた経緯がある。

こんばんは。独立志望、飲食店開業、クリエーター、何かにチャレンジしたい学生さん、これ以上被害者を出したくないのでここに書きます。ただいま人生において最強のブ...

これ以降、人と接するのは非常に億劫になり、相応の疑心暗鬼に囚われるようになった。もはや近づいてくるものは皆怪しいと思ってしまう。

一旦マイナスになってしまったことについては、その分野でプラスに戻す必要があるのだが、それがいわゆる小さな成功を積み重ねて自信をつけるというやつだ。

この場合で言えば、新たに人間関係を構築して、互いに良好な関係を続けるということかもしれない。

だが、それは体重100キロの人が、寝て起きたら50キロになってたというのと同じくらい難しいことだ。

根底に信用が深く関わる人間関係において、信用してみようという気持ち自体を回復させることにまず時間が必要だろう。

という塩梅にだ。

まずコミュ障は出だしの時点からかなりのハンディがあると思う。


ぼっち起業はすべて自分しか頼れない

運良くスタートボタンを押すことができたとしても、いわゆる経営に関わるすべてのことを自分でやる必要がある。

僕の場合は、カレーを冷凍通販で市場に出すということだけだったのだが、そのために必要なものは以下のとおり

  • 食品を扱うための店舗物件の取得
  • 各種許認可資格の勉強&取得
  • 調理に必要な什器一式
  • 補填(風詰め)するための専用機械
  • HP制作とショッピングカートの選定(webデザイン勉強して自作)
  • 配送業者との契約、webアプリとの連携
  • 販促ツールとポップ・バナーの作成
  • AdWordsなどの広告制作およびSEOについてのセミナー参加
  • 営業活動(セレクトショップへの卸を検討)
  • 経理・HP更新・SNS運用・記事作成

ざっと思いつくだけでもこれだけあって、延べ300万の自己資金で開業した。

まぁこんなことをふつうの人は事業にしようと思わないだろうな。

そもそも売れる算段なんて一切ないし、ネット市場にも類似品は腐るほどあるだろうし。

ただ、そのときは目を輝かして希望に燃えていたのでまったく顧みずに行ったわけだが、結果はかなり悲惨である。

イベント出場やいろいろ顔出ししてたんだけど、結局は店舗の家賃が払えず、運転資金が切れて終了。ありきたりすぎw

覚えてるのは、詐欺まがいのコンサルタントに騙されて弁護士に多額の費用を払ったことと、物件を引き払う最終日に店の外で看板や木材で作ったメニューを燃やしたことです。

起業=劇的なイメージなんてただの幻想だった。



来る日もくる日も売上と戦略と生活のことばかり・・・今でこそふつうに話せますが、辛くて悔しくて心底絶望しましたね。樹海が近くて本当に行こうかなと思った

それこそ『起業失敗した自分死ね』ってやつですがwまぁ自己責任でしょうな。

外の世界はあらゆる邪悪に満ちているから、だから信頼できるチームをルイーダの酒場で募って起こすのでしょう。それだけでも相当なリスクヘッジになる。

勇者ではないレベル0の遊び人が一人でロマリアを目指せばやはり死ぬのですw

しかしそれがわかったところで、それでもやはりぼっちはやめられないんだよな。

というよりますます人間不信になったフシがある。

まぁ今でも縮小して細々と続けているので、多少の小遣いにはなりますが。いつか謎のヒットを遂げると期待してるw

そんなわけで、これは僕の無知たるゆえの失敗例です。

もちろん全員がこのような悲惨な結果にはならんでしょうが、、一人というのはかなり過酷であるということだけはお伝えしたい。

誰にも相談できません。

信頼できる人が周りにいない(培ってこなかった自己責任)からです。


コミュ障は人と接しなくても稼げる道を

ここまで書いて思うのは、やはりしょぼかろうがなんだろうが起業は起業であり相応のリスクを負うということ。

あと長いものには巻かれる人じゃないと軌道に乗せるのは難しい、すなわち起業という方法をとった以上は人間関係の構築からは逃れることができない。

特に今の起業ブームというか、そういう一連の流れに共通してるのは高学歴&コミュ力特化型のものが多いということ。

イベントやバーも結局はコミュ力やマネジメント力が鍵だし、SNS運用も戦略的にフォロワーを増やすための演技力が必要であり、、

こりゃコミュ障には無理。

今現在、生きることに生き辛さを抱えてる人たちにとって、しょぼい起業さえもくそのようにハードルが高いものに感じるに違いない。

それ以前の問題が生じていて、本当はそこのレイヤーが生存するための作戦が一番大事だと思うんだが、そうなるとやはりベーシックインカムか、、あるいは人と極力かかわらずに自己完結できる商売しかないだろう。

僕はあまり人が好きではないので、常にホスピタリティとかおもてなしとかいう面倒な要素が絡むことはできない。

というか実際はそんなものない。

かなりダークサイドな話にはなるけれど、浮浪者に営業をかける人がいますか?

お金を持っていない人がファミレスに行ったらそれはお客ですか?

ってことです。

みんな、結局は財布の中身がほしいからそこで営業やらおもてしという絵空事に身を挺してるに過ぎないのです。

だからそんなものはない。と思うのです。

ステークホルダー抜きで自然に生じる優しさこそ、真のおもてなしやホスピタリティだと言いたいですね。

話がそれましたが、人となるべく関わらないという面においては、価値が人ではなくモノに置かれている商売がいいと思います。

たとえば、バーや営業職とか常に人間を対象にする商売は、絶えず人に対して興味を持っていなければなりません。

それは円滑なコミュニケーションが必要、というかそれで利益をだしてるようなものだからです。

とはいえ、いいモノを提供してれば最終的にはその人自身にも脚光は当たるでしょうが、、それは苦になるコミュニケーションではなく、案外心地のいいものだと思います。

対象を“モノ”にすれば一気にコミュニケーションのハードルは下がるということです。

僕の場合で言えばそれはでした。

唯一無二の味があればいちいち笑顔や宣伝などしなくても『味』を求めてお客さんが来てくれるからです。

誰も自分(人)をメインに来ない。

コミュ障にとってそれほどいいことはない。こと仕事に関しては。



もちろん親しいお客さんとはお話くらいはしますが、でもそれはほんの僅かなウエイトでしかないです。

近くにはイベンドや仲間内のコミュニティありきで商売を始めた飲食店がありますが、早晩厳しいものが見て取れます。

人に比重を置くというのは運営者の性格や運営方針が仲間内で噛み合わずにこじれた場合、すぐに霧散する可能性があるからです。

仲間というのはまとまってるときは非常に良い相乗効果をもたらしますが、人間関係というのは小さなもつれからいつ変わってもおかしくないと思いますので、それなら変わらない味のほうが信頼できるという意味です。

味というのはあくまで自分の例ですが、対象が自身ではなく価値のあるモノ(農作物・民泊・創作物など)であればなんでも良いと思う。

もちろん自身を対象に稼げる仕事(モデルとか芸能人)があれば一番良いのかもしれないけど、それはコミュ障には厳しいし、なにより目指すハードルも高すぎるわけで、、

その筋で行けばインフルエンサーも同じようなもの。

常に新しいアイディアでムーブメントを巻き起こすというのは、プロブロガーが必死にネタひねり出すのと似てて実際は辛いように思う。

なんていうか常に追われるってことだから。

まぁそういうのが好きな人はどんどんやるべきだけど、とりあえずコミュ障のワイから言いたいことは

  • コミュ障だからコミュ力メインで勝負しない
  • モノに真価を見出す

こんな感じです。

お読みいただきありがどうございます。

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