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以前からずーっと書こうと思ってたけど、機を逃してしまってた。
でも今回、親父が脳梗塞で入院することになって、ようやく書く機会ができたと思う。そして自分が家族について触れることはこれが最初で最後になるだろう。
これを読んでいけば僕は残酷な人間だと思われるかもしれない。でもそういった意味合いで書くつもりはまったくないということだけ言いっておきたい。
あくまで僕が歩んできた道、そしてその家族における様々な問題をできる限り客観的に書くことに意味があると思っている。そしてこのようなジレンマを抱える家族はきっとありふれているだろうと思う。
だから純粋に少しでも誰かの役に立てればいいと思って書くことにした。
どこにも当たり前に存在する家族というコミュニティ(ない人もいるけど)と今の超加速度的に進む社会変化を独自視点で見ていきたいと思います。
その前に少し自己紹介をしてもいいでしょうか。
僕は現在30歳で大学を出ていわゆる一般的な人生コースを歩んできた一人の男。
卒業後はリーマンショックの煽りを受けてブラック企業に就職するも、耐えられるわけもなくその後は職を転々とする。
卒業と同時に当時付き合っていた彼女と結婚をしたけど、ことの成り行きもあって神戸(前妻の地元)に引っ越すも1年ほどで、関係は解消された。
僕は東京に戻って少しのあいだ引きこもり、いろんな本を読んでいくうちに今度はのべつ構わず人と会った。そのまどろみの中からようやくアイデンティティを確立したのは26歳のときだ。
社会は自分が思い描いていた以上に当たり前に残酷だった。
長くなってしまいそうなので、このあたりは過去の愚かな過ちが満載なブログを貼っておきます。
家族構成
こうして書くとなんとも当たり前なことかもしれないけど、とりあえず僕から見た家族のパーソナリティを手短に書いていこう。
- 二世代家族
- 母方の祖父(他界)
- 祖母(95)
- 母(64)
- 父(66)
- 兄(35)
- 僕(30)
パーソン1祖母
戦争経験者がゆえにとにかく軍国主義的な発想が強い。具体的には「人使いが荒く、非常にわがまま、絶対に引かない、八方美人」という感じだろうか。長男主義が強く、とりわけ親戚や家族でも絶対的な年功序列で人を判断して対応を変える。
念能力に例えると変化系
パーソン2父
商売人家系であり、自由奔放で放任主義。二十歳でアメリカに渡航し43歳の頃、自営業で飲食店を始めるが、先日脳梗塞で倒れる。束縛するのもされるのも嫌い。サラリーマンは100%無理だと豪語して開業。結構なマキシマリスト。
念能力に例えると放出系
パーソン3母
とても世話焼きで、とにかくよく動く。自分がすべてやらないといけないと思っているので家事も仕事(自営業)も限界まで尽くす。極めて純粋で単純な性格。頭脳より行動で解決する派。とても理解力がある反面、世話を焼きすぎる傾向がある。結構なマキシマリスト。
念能力に例えると強化系
パーソン4兄
祖母に100万をもらい起業するも何の利益を出すことなく現在は引きこもっている。とにかく家族と実家が大好きで、再現性がない誇大妄想を言うことも多い。長男なので、とにかく「人は手足、おれは頭脳」という思想が強い。とにかく何もしない。
念能力に例えると具現化系
そして僕がいる。
僕もとても失敗が多く、起業して反響は出たもののやはりそれを伸ばすことが難しく、今はモノよりヒト・コトに比重をおいて路線変更を模索していた。
そんな矢先に親父が倒れて、僕と相方は店を切り盛りするポジションについた。
60代の親が持つ学歴神話
このような状況になって思うことは、少し過去を振り返ってみるということ。まず教育や時代背景について考えていきたい。
仕方のないことかもしれないけど、僕たちの親世代は本当に学歴神話の思考が強い。だから、僕と兄も「大学にさえ入れてしまえば一生安泰」と考えていたはずだ。
2000年代は比較的平和だった。まぁとりわけ学生だったので学校と習い事に行ってればいいし、親のほうも最盛期で売上も右肩上がりだった。よく旅行にも行ってたし、数年おきに外車を乗り換えるなどして一見すると庶民のちょっとしたバブルのような生活だった気がする。
しかし、2010年(就職した年)以降だんだんと暗雲がかかってきて、もはや学歴神話という価値観は崩壊し、ブラック企業なんて言葉が世に浸透してきた。店のほうの売上も一時期のブームから下火となり下降し始めた。
まぁリーマンショックの余波は大きいだろう。
過去から継承された「こうすれば大丈夫」という安直で抽象的な虚像を目標に設定してしまったがために、そこについたとき初めてそんな像はなかったことに気付かされるというのはよくある。
そのときに描いたものが既に古びたものになっているのだ。
どこかの記事で触れたかもしれないけど、僕たちの30年はそれ以前の30年と比べてとてつもない環境変化を遂げていて、人口ピラミッドの歪みとテクノロジーの進化はどちらも驚異的なスピードで加速している。
ちょうど過渡期における家族像として、そのジェネレーションギャップはなかなか凄まじいものがあるだろう。
今でこそ「頑張り過ぎはよくない」「ゆるく生きよう」という言葉があるけど、本当にそれは救いである。たとえ社会がまだそれを許さなくても、自分の中で他の選択肢もあると認められるのはとてもラクになると思う。
残念ながら学歴は神話だった。いや、歩んでる途中で神話になったのだ。
家族愛はいきすぎると歪んだ状況を生み出す
特に顕著なのは家族内の誰かに問題が生じたときに現状が鮮明化されるということ。
時間だけは平等に流れるなかで、家族が高齢化していけばどうなるかという未来予想図は誰でも予期できるはずだ。しかし、恒久的に忙しく働いてた両親は、年齢とともに目の前の業務をこなすことだけに精一杯になってしまい、ついには脳梗塞で倒れてしまった。
一日でも休むと周りの同業からどやされる。
なんてことが地域によってよく起こるのが飲食店。郷に入れば郷に従え。
それを両親から聞いたときは無理ゲーだと思った。
休んだほうがいいと。
しかし、家賃という固定費がそれを許さない。結果、倒れてしまう人が多いんだよ。
頑張り批判などではなく— ありーゔぇでるち2.4 (@quartet1115) 2018年6月16日
母は家族内のすべてを世話してしまうがために、父は本来やっていたことがどんどんできなくなり、兄と祖母は母が作る手の込んだ料理が当然のごとく毎日でてくると思って生きている。
祖母は衰えを知らずわがままで「これは食べたくねー」「あれがやりてー」などと顔を見れば僕に用押し付けてくるし、兄はニートで何もせずにただ現状を憂い、行く度に僕や相方に絡んでくる。
特にこのお荷物二人は親父が倒れた際の開口一番「お前たちが店をやればいい」と勝手に話をまくしたてて僕たちの意向などというのはないも同然で話を進めた。
もともと父には借りがあったし、こんな時くらいは手を貸すつもりでいたからそれ自体は良いんだけど、腹が立つのはこのお荷物二人が勝手に人のあれこれを決めれる権利があると思っていることだ。
僕は100歩譲って家族(他人だけども)だとしても、相方はまず関係がないし決められる権利などない。それでも「みんな大変だから店のことをよろしくね」なんて言葉を祖母からかけられてるのを見ると、ゾっとしてしまう。自営業の家庭に入るのを拒否する女性が多いのはまさにこういったことがあるからだろうな。
当然僕はその不本意な同調圧力から彼女を守らなければいけないと思っている。ただ経験上、真っ向から祖母や兄に言っても大喧嘩になるのが目に見えてるから今だけは黙っているつもりだ。
まぁこの人たちが何もせずに勝手にお山の大将になっているのは、母があれこれ世話をしすぎた結果なんだと思う。厳しくしなくてもいいけど、甘やかすと人は本当にどこまでも腐っていくことがよく分かる事例だ。
僕は就職と同時に実家から出て転々としていたけど、唯一の救いはこういった環境に身を置く時間が家族の誰よりも短かったことにある。
そのかげでいろんな人との情報共有ができたし、家族内では誰も読まないような本もたくさん読むことができた。そうやって、画一的な家族における概念を少しづつ払拭して自我を確立したのは大きいと思う。
閉塞された家族というコミュニティは、しばし時代錯誤な概念を育むことが多い。特に、交友関係や人とのつながりが少ないと様々な情報交換ができないので、限られた情報だけが煮詰まるようになる。
ましてや自営業だと家族内だけで完結してしまうから、まったく真新しい情報がなくてもやってけてしまうのだ。
そうすると、当然ながら起こった問題を家族内の少ない知識だけで解決しようとするんだけど、それが妙なバイアスを生んでしまう。たいていの場合は、合理性を欠いていたとしても目上の意見が一番強いものとなる。これは会社も家族も同じことかもしれない。
まぁ唯一両親は僕に理解があるので幸いなのだが、それにしても「今可能な限りできることをやる」という中に自分の存在が外せない位置にあるというのが厄介だ。
そもそも僕が店に立とうと思ったのは、ただ人として恩を返そうと思っただけで、たまたまそれが自分にしかできないことだったからだ。
兄のように我が家を再構築して一致団結しようなどという尊大なことは考えていないし、それは残されたお山の大将が何もできないから、保身のために動ける人を家族という理由だけで巻き込もうとしているに過ぎない。
もし僕がずっと実家で生きていたらもれなくこういった価値観に漬かっていき、世の中との齟齬が生まれていたに違いない。
よく毒親なんて言葉もあるけど、それは親に限らず家族というだけで様々なバリエーションがある。もちろんそういった状況からはいち早抜け出すのが最適解だ。
この後、なんとなく書く気が失せてしまい、、ここにて終わりになります。すいません。
2018/08/30
続編を書きましたが、noteか当ブログに書くか悩み中。
2018/11/04リライト
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